続・加藤の乱

メンヘラ格闘家

ミッションちゃんの大冒険 感想(一部)

この漫画はまず主人公が人生に対する漠然とした閉塞感、苦痛を訴えることから始まります、そしてそこからの逃避として自殺を選択する、トラックに跳ね飛ばされた主人公は死による安寧を期待していたが、死んだ先は無ではなく苦痛の延長でしかなかった、という導入です。

 

これは単純に、死んだ先が無ではなく有である理不尽ホラーという一面的な作品ではありません、この導入部分は、冒頭で主人公が感じた「人生に対する漠然とした閉塞感、苦痛」をさらに掘り下げて具体的にしてゆく、生きることの苦痛の連続と逃げ場の無さを強調してゆく流れになっており、自殺した先が異世界であることは内面への旅の口実でしかありません。

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死んだ先の世界で主人公は独房に監禁され、そこで死を願います、しかし時間が経つにつれここは病院でもないことに気付き、楽になるために死を選んだのに、逃避として機能していなかったことに気付き絶望します。独房に看守のような人物がやってきて主人公を虐待し、理不尽な状況あった主人公は看守にここはどこであるか問いただします、看守は「人生、それはわからん…人間はどうして生きているのか不可解なり、ただ働かなくてはならないのだ」という言葉を言い残します

 

この一連のシーンが作品の全体を貫くテーマの一つで、単純に「目の前の苦痛から逃げても、逃げた先には別の種類の苦痛がある」ということのメタファーとして機能しています、看守や独房はおそらく社会や社会規範を意味しており、そこに閉じ込められる主人公は社会や社会規範を生きる拠り所にできず、閉塞感、厭世観を感じる一個人として描写されています

 

この繰り返される労働や人間のエゴで作られた社会のルールのなんの意味も感じない、所詮は虚構で作り物にすぎない、何故人はなんの疑いも無くそれを拠り所にして生きているのか、ただ特に意味もないこの世界だが、社会は常に無味乾燥に働くことを要求し、そうしなければ生きていけない、そうしたテーマがまず提示されます。

 

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主人公は生きるのが嫌ならどうすればいい?と考え込みます、死によって救われると思っていた悩みが、実際にはなんの解決にもならなかったからです、これもやはり単純に「死んだ先が無ではなかった」という表面的な物ではなく、「逃避の先には常に別の苦悩がある」ということを示しています。

 

恐らくこの作品は、あらゆる苦悩を描く漫画に示される「それなら死ねばいい」という身もふたもなさを避けて、徹底的に生きることによる苦しさや逃げ場の無さを提示しかったのだと思います、現実的に、逃避の最終手段として死は機能する、しかしフィクションとしてその可能性を排除することで、生きることの苦しさをクローズアップして描くことができるからです。

 

最後に絶望する主人公に対し、看守がこう明言します

「残念だがわしはお前をこき使うだろう、明日も明後日も明明後日も、その次も、その次の日も、その次も」

 

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これもやはり、当人がどれだけ人生に絶望して、休息を欲してようが悩む時間を欲してようが、当人の意思とは無関係に周り続け、そこに暮らす人間に対し強制力を持って働きかける、法や社会規範、社会や労働のメタファーとして示されていることは今後の展開からしても明らかです。

 

ここでは絶望する主人公に対し、社会は残酷で常に無機質であり、そこに意味はないといったことが明示されています